歯科医師の開業
開業の割合や収益の目安
歯科医師は、将来的に開業をする人が非常に多い職業です。全体では56%が開業しており、60代では81%が開業しています。開業者のなかでは50代と60代で62%を占めています。開業することで、理想に近い診療ができ、成功すれば収入も上がるメリットがあります。一方で、廃業するリスクや、治療技術向上の時間減少などデメリットもあります。
開業する際は、診療内容を熟慮して戦略を立て、工事期間、行政手続きにかかる時間を考えて、計画的なスケジュールを立てる工夫が必要です。
開業歯科医師の年齢割合
平成30年(2018年)医師・歯科医師・薬剤師統計
開業の割合
歯科医院を開業する歯科医師は、全体の56%に及びます。年代別に開業している歯科医師を調べると、30代で17.4%、40代で53.3%となり、30代から40代にかけて、開業する歯科医師が多いことがわかります。開業割合が最も高いのは60代の81.1%です。
女性の歯科医師はどの年代においても開業割合が50%以下で、自ら開業することは少ない状況です。
年代別開業している歯科医師の割合
20代 | 30代 | 40代 | 50代 | 60代 | 70代 | 80代 以上 | |
男性 | 1% | 24% | 67.2% | 82.2% | 87.1% | 75.1% | 50.4% |
女性 | 0.3% | 5.7% | 21.4% | 35% | 45.5% | 47.1% | 36.6% |
全体 | 0.7% | 17.4% | 53.3% | 73.2% | 81.1% | 72.5% | 48.7% |
平成30年(2018年)医師・歯科医師・薬剤師統計
動機
開業の大きな動機として、自分の理想の歯科医院をつくりたいことが挙げられます。業界としても歯科医師が独立開業する考えが浸透していることもあり、キャリアのはじめから計画している歯科医師も多くいます。そのほか、年収を増やしたい、勤務歯科医での人間関係に慣れないなどの動機もあります。
また、親族が歯科医院を経営していて、継承するパターンも少なくありません。
経営の目安
個人立の歯科医院の年間の平均収益は4,500万円程度です。開業して経営を軌道に乗せられるかどうかは、この平均収益がひとつの目安になります。収益の内訳は、医療保険による平均収益が3725万6,000円、自費診療が673万円、そのほかも合わせると4475万8,000円になります(2018年度の調査)。歯科診療の1件当たりの保険点数は1199.6点(11,996円)で、1日当たりにすると699.9点(6,999円)です(医療施設調査)。
年間280日診療すると仮定して、3,725万円の保険診療の収益を上げるには、1日あたり13万3,000円の収益が必要です。1日当たりの保険診療費で割ると、1日19人の診療をする計算となります。収益は医院の規模によりますが、運営していくには保険診療だけでも1日に20人近くの患者さんが必要です。さらに、収益を上げるは自由診療も取り入れることが視野に入ります。
個人立の歯科医院の収益
医業収益 | 保険診療収益 | 3725万6000円 |
労災等診療収益 | 7000円 | |
その他の診療収益 (自由診療など) | 673万円 | |
その他の医業収益 (学校健診など) | 70万6000円 | |
介護収益 | 5万9000円 | |
収益全体 | 4475万8000円 |
第22回医療経済実態調査の報告(令和元年実施)
開業タイプ
歯科医院の診療科は「歯科」「矯正歯科」「小児歯科」「歯科口腔外科」などがあり、複数の科を運営する医院もあります。最近では歯や口元の美しさに焦点を当てた「審美歯科」もあります。また、歯科医院を開業する上で、保険診療を中心とするのか、自由診療を中心とするのかも重要です。
歯科診療科目の標榜歯科医院数と割合
歯科 | 矯正歯科 | 小児歯科 | 歯科口腔外科 |
---|---|---|---|
67,145 | 24,627 | 43,561 | 25,708 |
97.9% | 35.9% | 63.5% | 37.5% |
平成29年(2017) 医療施設(静態・動態)調査
保険診療中心
多くの歯科医院が、保険診療を中心にした診療体制を行っています。保険診療は、治療費が安く患者は費用全体の1〜3割を支払うのみなので、多くの患者が利用します。また、歯や口の健康を幅広く守れるので、社会貢献できる特徴があります。一方で、国の決める費用が安く抑えられ、収益面で大きな課題があります。そういったこともあり、保険診療を中心としながら、一部を自費材料にするインプラント手術を行うなど、部分的に自由診療を取り入れるのが一般的です。
インプラント手術を実施する歯科医院の数と割合
厚生労働省「医療施設調査」より
自由診療中心
自由診療では、保険外の優れた材料を使って治療をすることができ、高度な機材を使うことも可能です。治療費は歯科医院側で決められるため、高い収益でクオリティの高い治療を行うことができます。一方で、高額な治療費は患者を選ぶため、患者数を増やすことへの課題もあります。基本的な治療は保険で行うことが一般的ですが、なかには自由診療に限定する歯科医院もあります。
自由診療のみの歯科診療所
厚生労働省「医療施設調査」より
歯科
「歯科」は一般的な歯科診療がすべて含まれています。2017年の調査では、97.9%の歯科医院が「歯科」として運営しており、そのほかの診療科を併記することも少なくありません。診療科ごとに専門性が高くなるので、1人で複数の診療科を担当することは難しく、3科以上を行う医院では、複数の歯科医師が在籍していることが多くなります。
矯正歯科
「矯正歯科」は、歯並びを治療する矯正治療を専門に行う科です。矯正治療は特別な場合を除いて自由診療となり、機能的な面以外に見た目を重視した治療も行われます。治療は長期間にわたることが多く、患者との関係も密になりやすいです。矯正専門の医院もありますが、通常の歯科診療を行いながら、矯正歯科を取り入れる医院も多くあります。
小児歯科
「小児歯科」は子どもの歯の治療を対象とした診療科です。乳歯から永久歯に生え替わるなど、成長期にある子どもの歯の治療では、大人とは違う配慮や処置が必要なこともあり、専門の治療技術が発達しています。治療内容だけでなく、子どもの恐怖心を和らげるために医院の作りや部屋を工夫するなど、ハード面でも特徴の出る診療科です。
歯科口腔外科
「歯科口腔外科」では、口腔内とその周辺の病気や外傷の治療を行います。親知らずの抜歯などが多いほか、顎関節症や口内炎、舌や粘膜の異常など、一般の歯科では扱いにくい治療も行います。口腔がんの治療や大がかりな手術は、病院の歯科口腔外科で行われることが一般的です。
審美歯科
「審美歯科」は、歯を白くしたり、歯並びを整えたり、歯や口元の美しさに焦点を当てた治療を行います。審美を目的とした治療は、保険が使えないため、すべて自由診療となります。保険診療で使う被せ物が金属で目立つ場合に、自然な見た目にする治療も審美歯科に含まれます。「審美歯科」は診療科としては標榜できないため、ホームページなどを使って診療内容を伝える工夫が必要です。
開業のメリット
歯科医院を開業するメリットは、自分で診療方針を決められることが挙げられます。理想の診療を具現化することができ、地域の歯と口腔の健康を守り、患者から感謝されることは大きなやりがいとなります。収入においても成功すれば大幅なアップが期待できることも大きなメリットです。
開業のデメリット
歯科医院を開業するデメリットは、資金が挙げられます。ほとんどの場合、治療機器の購入や医院の工事のため、長期間にわたって負債を抱えることになります。また、経営で忙しくなり、診療技術の向上や勉強にあてる時間が減るデメリットもあります。歯科医師1人での開業の場合は、専門分野や得意分野が限られて、幅広い治療ができないリスクもあります。
開業までの流れ(一例)
歯科医院開業までの流れとして、開業する歯科医院のスタイルや診療内容、規模などをよく検討する必要があります。次に開業エリアを決めて具体的に物件を探します。平行して、必要な固定費、初期費用、売上目標などを明らかにするのも大事です。さらに、機材の選定やスタッフの採用に取り組みつつ、内装工事と行政の手続きを進めていきます。
また、工事や行政手続きには時間がかかるので、開業日から逆算して綿密にスケジュールを立てて準備をすることが大切です。
開業検討
開業するにあたっては、まず診療内容や医院のスタイルを検討していきます。保険診療と自由診療のどちらが中心か、一般歯科のみか、矯正や小児、歯科口腔外科も扱うのかなど、診療内容を細かく検討していきます。同時に、自分以外の歯科医師を雇うのか、歯科技工室を併設するのか、歯科衛生士や歯科助手が何人必要か、歯科ユニットを導入するかなども検討していきます。
開業エリア・立地選定
次に、開業する場所や立地の選定を行います。小児歯科であればファミリー層の多い地域、審美であればビジネス街やショッピング街などが向いています。エリアを決めたら、具体的な物件探しに入ります。
テナント契約
開業する歯科医院の規模から必要な広さを計算して、物件探しを行います。必ず現地を見て、駅やエリアの中心部からのアクセスがしやすいか、患者が入りやすいか、看板がよく見えるか、郊外であれば駐車がしやすいかなどをチェックします。建物の清潔さや、管理状態、内装のしやすさなども含めて検討し、ふさわしい開業場所を契約を進めます。
事業計画書の作成
事業計画書を作成し、必要な経費や借入金額、売上目標を可視化します。家賃や人件費、水道光熱費など、毎月の固定費を計算し、さらに歯科診療ユニットやX線装置などの診療設備、内装や看板などのハード面、広告宣伝費など、開業の初期費用を明確にします。実現可能な売上目標を立て、借入金がいくら必要か、毎月の返済額がいくらかなども計算します。事業計画書は資金調達のうえでとても重要です。
歯科医療機器の選定
歯科医院ではさまざまな歯科医療機器を使います。ユニットやバキューム、コンプレッサー、X線装置、CTなど必要な機器の予算を考えながら選定します。開業時にすべてを揃えるのではなく、必要最低限のものだけを用意して、リースなどしながら少しずつ充実させていく選択肢もあります。
スタッフの募集・採用
資金や機材と同時に、人材の確保も重要です。歯科衛生士や歯科助手、技工室を併設する場合は歯科技工士などが必要です。近年は、栄養指導のできる管理栄養士を雇用する歯科医院もあります。人が足りない事態を避けるため、計画的に募集と面接を行っていきます。
募集や採用にはWebの転職サイトなどを活用する人が多く、歯科や医療、新卒などに特化したサイトが人気です。
保健所への開設届け
歯科医院を開業するときは、保健所に開設届を出さなければいけません。開設届は、所在地を管轄する保健所に開設後10日以内に提出します。開設日は診療を始める日ではなく、内装工事が終わって機器が揃い、業務を始められる状態になった日のことです。記載は、診療曜日や時間など細かい内容があります。
保健所の検査・保険医療機関指定
開設届を出した後、保健所によって書類だけでなく、医院の実地検査が行われる場合があります。保健所は、各部屋の仕切り、設備の安全性など、法令を遵守しているかどうかをチェックします。保健所の審査が下りたら、保険医療機関指定の申請を地方厚生局に行います。申請後に、指定医療機関コードを発行してもらうことで、保険診療が行えるようになります。申請から発行までに1カ月ほどかかります。
保健所への届出から承認までには、2カ月程度かかることが一般的です。逆算すると、遅くとも開業日の3カ月前には保健所に開設届を行う必要があります。管轄の保健所や地方厚生局の規則を調べ、スケジュールに余裕を持って届出をすることが重要です。
広告・宣伝
広告や宣伝をして患者さんを集めなくては、歯科医院の運営は成り立ちません。インターネットで検索する人も多いので、ホームページの開設も有効です。近年は、開業前に地域の人々に向けて内覧会を開くことも行われています。実際に院内設備や雰囲気を見せることで、患者さんが入りやすくなる効果があります。口コミなどにも期待ができます。
必要な手続き
歯科医院開業にあたり、保健所から歯科医院としての業務を行う許可を得る必要があります。歯科医院には診察室の広さや仕切りなど、室内の構造にも決まりがあるので、工事前に図面を持って保健所で確認してもらうとスムーズです。保険診療を行う場合は、保険診療機関に指定される必要もあります。生活保護受給者への医療給付をしたり、労災保険の使える医院となるためにも手続きが必要です。
必要な手続き
保健所 | ・事前相談(工事前に内装図面を見せて、法令に違反するところがないか確認しておく) |
---|---|
・診療所開設届提出(開設届の書類の他、歯科医師免許証の写しや、経歴書、登記簿謄本、建物の図面等が必要) | |
・診療用X線装置備付届提出 | |
その他 | ・保険医療機関指定申請(地方厚生局) |
・生活保護法指定医療機関指定申請(福祉事務所等) | |
・労災保険指定医療機関指定申請(労働基準監督署) |
自治体や診療形態によって、ほかに手続きが必要なことがあります。
資金・費用
歯科医院の開業には、歯科診療ユニットやX線装置などの診療用機器の購入、内装の工事費、賃貸物件の保証金や前家賃などで、一般に4,000万円程度かかるといわれます。また、収益が安定するまでの運転資金として1,000万円程度かかり、自己資金と借入金を合わせて5,000万円程度の資金が必要だと考えられます。医院の立地や規模によって、それ以上になる場合も少なくありません。
個人立の歯科医院では年間の平均収益が4475万8,000円、費用の平均が3206万2000円。差額の1269万6,000円が、経営者の収入と設備改善等のための内部資金になります。
歯科医院の現状
歯科医院は全国に6万8,500医院あります。個人による経営が8割近くと圧倒的に多く、約2割が医療法人の経営です。近年は、個人の経営の割合が縮小し、医療法人の割合が拡大する傾向にあります。歯科医院数は毎年増加していましたが、ここ数年は伸びに鈍化が見られ、減少に転じる年もあります。
歯科医院数
全国の歯科医院の数は、2019年現在、6万8,500医院です。有床の医院は20医院、それ以外は全て無床の医院です。68,500医院のうち、個人が53,133医院で77.6%、医療法人が14,762医院で21.6%です。そのほか、都道府県や市町村、公益法人や学校法人などの経営があります。ここ数年は個人経営が減少傾向にあり、医療法人による経営が増加しています。
歯科医院の数の推移
厚生労働省「医療施設調査」より
歯科医院の未来
歯科医院の数は少しずつ増えていましたが、近年は、開業数と廃業数が近づき、伸びに鈍化が見られます。2018年から2019年にかけては、113医院の減少となっています。
歯科診療所開設数と廃止数
厚生労働省「医療施設調査」より
文部科学省の調査では、12歳児の永久歯のむし歯本数は2000年度に2.61本でしたが、2020年度には0.67本まで減少しました。むし歯が減少している現在、歯周病治療や予防が注目されています。これらの診療は歯科衛生士との協力が欠かせず、歯科医院を運営する上では、歯科衛生士の雇用や働きやすい環境の整備が重要になってきます。