歯科医院で起こりえるパワハラの例や損失は?スタッフも知りたい知識
パワーハラスメント(以下、パワハラ)という言葉が社会的に認知され、テレビやネットニュースといったメディアでも頻繁に取り上げられるようになりました。令和2年6月1日には「改正 労働施策総合推進法」が施行され、令和4年4月1日からは中小企業においても「パワーハラスメント防止措置」が義務化されたため、職場環境の整備に取り組んでいる歯科医院も多いかと思います。
しかし、中には「パワハラと指導の線引きがよくわからない」「環境整備に力を入れているつもりなのに離職率が高い」といったお悩みを抱えている方も多いのではないでしょうか。この記事では、そのようにもやもやとした思いを抱えている歯科医師や歯科医院で働く方々向けに、パワハラの対策方法や事例について解説します。
目次
パワハラとはなにか
パワハラとは、職場における「優越的な関係を背景とした言動」「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」「労働者の就業環境が害されるもの」のすべてを満たした行為を指します。代表的な類型としては「身体的な攻撃」「精神的な攻撃」「人間関係からの切り離し」「過大な要求」「過小な要求」「個の侵害」が挙げられます。
この中で特に相談が多いのが「脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言」などを指す「精神的な攻撃」となっており、歯科医院の運営においても注意する必要があります。
また、「隔離・仲間外し・無視」などが当てはまる「人間関係からの切り離し」は、女性が多い職場で起こりやすいという特徴があります。
歯科衛生士や歯科助手など女性スタッフが多い歯科医院では起こりやすいといえるため、こちらも同様に注意が必要です。そして、このことからもわかるように、パワハラは歯科医院を運営する院長一人が気を付けておけばいいものではなく、歯科医院で働くスタッフ全員が正しい知識を身に着け、取り組む必要があります。
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歯科医院で起こりえるパワハラの事例
次に、歯科医院で起こりえるパワハラの事例をご紹介します。
過度な叱責
まずは、「歯科衛生士なのにこんなこともできないの?」「基礎教育からやり直したら?」などといった発言です。期待した働きができていないスタッフに対して言いがちな言葉ではありますが、その人自身や人格を否定するような発言はパワハラに当たります。
スタッフが何か失敗してしまった場合には、起こってしまったミスに対してのみ、注意をするようにしましょう。また、患者さんやほかのスタッフの前で厳しい叱責をする行為も、パワハラとなる可能性があります。
人間関係の切り離し
そして、「人間関係からの切り離し」によるパワハラにも注意が必要です。事例としては「新人スタッフを仲間外れにする」「陰口を言う」「業務上必要なことを伝えない」などがあり、女性が多い職場で起こりやすいという特徴があります。
「スタッフの早期離職率が高いけれど原因がわからない」という場合には、このようなことが起こっている可能性があります。
評価制度が明確になっていない環境では「人間関係からの切り離し」によるパワハラが起こりやすい傾向があるため、オープンな環境づくりのために、適正な評価制度に基づいて給与が上がる仕組みを作ったり、新人スタッフの育成・離職に関する評価制度を作ったりするのも一つの手です。
パワハラによる職場での損失
では、パワハラ対策を講じていないと、職場にはどのような不利益があるのでしょうか。歯科医院に限らずいえるのは、パワハラを含むハラスメントは職場の生産性を下げてしまうということです。ハラスメントは企業の信用性を著しく悪化させるため、「スタッフの離職」「市場価値の下落」「新規採用の失敗」といった不利益につながります。
スタッフが休職したときの損失
例えば、職場環境が原因でスタッフが休職した場合、休職したスタッフ一人につき422万円のコストがかかるといわれています。
これは、年収600万円の従業員が半年間休職した場合の、ほかのスタッフにかかる残業代などから算定されており、休職したスタッフの年収が300万円だったとしても200万円以上のコストがかかるという計算になります。経営を担っている院長はもちろん、ほかのスタッフにも労働の負担がかかるということがわかるかと思います。
スタッフが退職した場合の損失
また、スタッフが退職してしまった場合には、退職者の人件費や新規採用のための広告費・教育コストなどで、およそ662万円のコストがかかるといわれています。
特に歯科衛生士求人は売り手市場であり、求人倍率は20倍に上るという統計も出ています。一度スタッフが離職してしまえば、新たに採用するためにはそれなりの時間とコストがかかるということは想像に難くありません。
どこの歯科医院も即戦力を欲しているため、優秀な人材であればあるほど獲得は難しく、経験が十分でないスタッフであればその分教育コストが増えることも頭に入れておく必要があります。
また、近年は就職・転職活動の際の情報収集源として企業の口コミ情報が重要視されており、ほとんどの求職者は口コミ情報を確認します。その際にハラスメントに関連する内容や「人間関係が良くない」といった情報があれば、約3分の1の人は応募を取りやめるというデータもあります。応募する人が少なくなれば、その分新規採用コストがかかり、優秀な人材も集まりにくくなるため、そのようなリスクを避けるためにもパワハラ対策が大切になるのです。
パワーハラスメントを防止するために講ずべき措置
では、具体的にどのような措置をとる必要があるのでしょうか。
パワーハラスメント防止措置において義務化されているのは、「事業主の方針等の明確化および周知・啓発」「相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備」「職場におけるパワハラに関する事後の迅速かつ適切な対応」「併せて講ずべき措置」の4つです。
1.事業主の方針等の明確化および周知・啓発
「事業主の方針等の明確化および周知・啓発」とは、パワハラに関する方針や内容を明確化し、従業員に周知すること、パワハラを行った者に対する対処方針等を就業規則等に明示することなどを意味します。
2.相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
「相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備」については、相談窓口を定め、相談があった際には適切に対応できる環境を作ることを指します。
3.職場におけるパワハラに関する事後の迅速かつ適切な対応
「職場におけるパワハラに関する事後の迅速かつ適切な対応」はパワハラ行為が起こってしまった際の事実確認や、被害者・行為者への措置、再発防止策などを適正に行うことです。
4.併せて講ずべき措置
「併せて講ずべき措置」は、相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、その旨労働者に周知すること、相談したこと等を理由として、解雇その他不利益取り扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発することが具体例として挙げられています。
そして、これらの防止措置に取り組むことと並行してすべきことが、3つあります。
1つ目は、「ハラスメントについての知識をつけること」です。歯科医師だけでなく歯科医院で働くスタッフ全員が、研修を受講するなどしてハラスメントに関する知識をつけましょう。
2つ目は、ハラスメントについてのリスクを知ることです。前述したように、スタッフの休職・退職には莫大なコストがかかります。また、医療現場は業務の指示や指導をする機会がとても多く、患者さんの健康にかかわる分野のためミスが許されない環境です。そのため、パワハラが起こりやすく、高ストレス環境といえます。そのような、医療現場だからこそ起こりやすいハラスメントも頭に入れておく必要があります。
3つ目は、相談しやすい環境を作ることです。コミュニケーションが少ない職場環境ではパワハラが起こりやすい傾向があるため、外部相談窓口を作ったり、スタッフ全員でコミュニケーションセミナーを受講したりするなどして、ささいなことも相談しあえる環境づくりに努めましょう。
また、パワハラ対策に取り組むうえでは、「職場の飲み会の場や、休日に行われる連絡に関しても、パワハラの現場となりうること」「上司から部下への行為だけでなく、部下から上司や同僚同士の行為もパワハラに当たる可能性があること」「業務上必要な指導・注意はパワハラには当たらず、しないと逆に職場環境が悪くなること」にも注意する必要があります。
パワハラ相談窓口を設けるなど対策を
パワハラの行為者にならないために今日からできることとして、「相談窓口を設置する」「相談を受けた場合は密室での会話は避ける」「相談の際は聴くことに徹し、否定や同調は避ける」「自分の行為は常に録音・録画されていると思って行動する」などがあります。特に、今は簡単に録音ができる時代ですので、その点を常に念頭に置き、自分の行為に自らストッパーをかけるようにしましょう。「相談窓口の設置」は義務となっていますので、すぐにでも作り、スタッフ全員に周知することが大切です。
また、パワハラはセクシャルハラスメントなどに比べて行為があったかどうかの線引きが難しく、また、行為者にはその自覚がないこともあります。だからこそ、まずはパワハラに関する知識をつけましょう。実際にパワハラが起こってしまった・訴えられたという場合には、独断で動くとセカンドハラスメントや行為の隠ぺいにつながることもありますので、適切な機関に相談し、対応することが大切です。
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