歯科技工士はなぜ「なくなる」と言われるのか?現状と未来
歯科治療のなかでも義歯、歯の被せ物、歯の詰め物などの技工物を専門的な技術を駆使して製作する歯科技工士は、国家資格を持つ専門家です。近年、歯科技工士を取り巻く環境から歯科技工士が居なくなってしまうのでは?と危惧されています。日本国民のむしばの数、歯科医院数、歯科技工士の年齢層の変化など、「なくなる」を言われる要因をまとめました。
歯科技工士とは?
歯科の知識と繊細な技工技術を併せ持つ専門家
歯科技工士は、歯科医療の一端を担う医療技術専門職です。歯科医師の指示書にしたがって、義歯・入れ歯、歯の被せ物、歯の詰め物、矯正装置などの歯科技工物の作成や加工、修理を行います。
歯科技工物は、一人ひとりに合わせたオーダーメイド。大切な機能を補うものとあって、高度な精密技工技術が求められるほか、患者さんごとに歯の色や形が異なるので、しっかりと把握しなければいけません。そのため繊細な審美感覚が必要とされます。
IT化も進む分野
従来の歯科技工士は、歯の型取りや模型作り、被せ物の製作など、ほとんどの作業を手作業で行っていましたが、近年はIT化が進んで、専用システムを採用して模型をスキャニングしたり、口腔内を機械で読み取ったデータを使いコンピューター上で技工物の設計を行ったりする歯科医院が増えています。
歯科技工士が「なくなる」といわれる背景
歯科技工士の高齢化で人材不足
日本歯科技工士会による歯科技工士実態調査(2021年)によると、平均年齢は49.3歳。勤務者は44.8歳、自営者は55.8歳と高齢化も課題となっています。
20~30代の割合の低下も激しく、50代以上の割合が半分以上を占めています(「衛生行政報告例2022」より)。高齢世代が退職や引退すると、歯科技工士が大幅に不足することが予想されます。
また厚生労働省の「衛生行政報告例2022」によると、就業歯科技工士の数は32,942人、2012年末の34,613人から1700人近く減少しており人材不足も懸念されています。
なお資格を持ちながら歯科技工士として就業していない人を調査すると、離職時の年齢が20~30歳未満が約74%という結果でした。離職の原因としては、給与・待遇の不満や仕事内容への不安が挙げられました。
デジタル技術の進化
歯科技工所のデジタル技術の導入は、業務効率を向上させています。特にCAD/CAMシステムは、義歯や被せ物の製作時間を大幅に短縮。従来の手作業と比べてデジタル技術を使用することで、より精密な製品を迅速に作成することを可能にしました。
例えばデジタルスキャナーを使えば患者の歯型を高精度で取り込め、それを基にCADソフトで自動的に歯科補綴物の設計が行われます。人為的なミスが減少し、より正確な製品ができるようになっています。
さらにデジタル技術はデータの保存・再利用も容易にして作業の効率化を推進。歯科技工所は生産性を向上はもとよりコストも削減し、より高品質なサービスを提供することが可能です。歯科技工所における3Dプリンティング技術に関しても、複雑な形状の補綴物を迅速かつ精密に製作できます。
例えば、従来の手作業では困難な細部の再現が容易になり、より高い適合性の良い製品が可能となっています。しかも3Dプリンティングは製作のリードタイムを短縮し、治療期間を大幅に減少できます。この技術はカスタムメイドの製品を迅速に提供することができるため、患者一人ひとりに最適なソリューションを提供することが可能です。
労働環境・労働時間の問題
全国保険医団体連合会が1週間あたりの労働時間を調査したところ、101時間を超えた人の割合は10.2%、91~100時間が9.3%、81~90時間が12.6%で、3人に1人が週81時間以上働いていていることが判明しました。
むし歯を持つ人の割合
上記は20本以上歯がある人の割合を年代別に表したグラフです。2000年に開始した「80歳で20本以上の自分の歯を維持する」という国の施策“8020運動”が奏功して歯を保つ人は年々増加しているほか、有床義歯を装着する人の割合も減少傾向にあります。歯を残す高齢者が増える中、高齢者のむし歯や歯周病の治療の需要が高まると推測されています。
歯科医院が訪問診療に対応をしていくため、義歯の修理もできる歯科技工士が介護現場や自宅で活躍する可能性もあります。全身の健康と口腔機能の関連が明らかになっているので、周術期や生活習慣病治療における医科歯科連携が進んでいくでしょう。
歯科技工士の施設数や入学者数が減少
歯科技工士にとって必要不可欠な歯科技工士養成施設の数も減少の一途をたどっています。「保団連歯科医師所アンケート」(2016)によれば、2000年に77校あった養成施設数は年々減っていき、2017年時点で52校に減少しました。さらに入学者数における減少傾向は著しく、2000年の2922人でしたが、2012年には1528人、2017年には927人と3分の1に激減してしまいました。今後も入学者数はさらに減っていくと推測されています。
歯科医院の将来
歯科医院の数がここ数年間減少傾向にあります。厚生労働省「医療施設調査」によると、2004年までは歯科医院の新規開設数が廃止数を上回っていましたが年々開設と廃止の数の幅は狭まっていき、2017年以降、廃止数が開設数を上回る年が出現したほか、2022年には再び減少。歯科医院数はピーク時から比べると1,000件ほど少ない67,755件となっています。
同時に歯科医師の高齢化も進んでいるうえに、後継者も不在で廃業する医院も増加しています。今後も歯科医院の減少が続くと、歯科技工士の働く場が減るため、生き残るには高いスキルが求められるでしょう。
歯科技工の未来と可能性
デジタル技術の活用
現在歯科技工のデジタル化が進められ、歯科技工士は新しい役割を期待されています。
上記は歯科技工所のCAD/CAM冠の作成状況を示したグラフです。特に規模の大きい技工所では導入が進んでおり、機材が高額なので歯科技工所間で連携し共同利用や作業分担を行うケースもありますが、デジタル技術は必須の技術となるでしょう。さらにCADデータの設計業務は、一定条件を満たせばリモートワークが可能のため、働き方の選択肢が増えれば離職防止にもなります。
治療から口腔機能の維持管理を保つ風潮ですが、技工物の繊細な調整も必要といえます。歯科技工士が診療に参加することも議論が進められているので、幅広い治療道具の作成や、CAD/CAM技術の手術シミュレーションでの活用など、歯科医科と歯科技工の連携が広がる可能性もあります。
専門性の向上
日本は国民皆保険制度を導入しています。これは健康な人も決められた保険料を支払うことで、病気やケガの際に患者負担を少なくする相互扶助です。歯科も同様に保険診療であれば少ない負担で治療を受けられますが、使える材料や技術、時間が限られているのが欠点。保険の料金が決められているため、技工物の製作料もその範囲内で行わなければいけないので細かい工夫が難しいのが実情です。
一方、保険診療は診療件数が格段に多く、100%患者負担の自由診療は歯科技工物製作の仕事数は少ないものの、製作に時間を費やしたり高い料金を設定したりすることが可能です。しかし最新の材料・技術を入れるため、設備投資も必要といえます。
上記は東京都内の265の歯科技工所に、売り上げに占める保険診療と自由診療の割合を聞いたグラフです。保険が8割以上を占める歯科技工所が半数以上で、4分の1以上が保険のみの結果でした。多くの歯科技工所は両方をかけもち、会社経営の歯科技工所は自由診療の割合が高い傾向となっています。
まとめ
歯科技工士の仕事は将来的に「なくなる」といわれる背景には、デジタル技術の進化や労働環境の問題などが存在しています。しかしこれらの課題に対して適切に対応することが重要で、デジタル技術の活用や専門性の向上、教育と研修の充実、労働環境の改善を通じて、歯科技工士は今後もより一層重要な役割を果たし続けることでしょう。
日本は超高齢社会を迎え、今後も高齢者の割合は増えていきます。人間は加齢とともに唾液の減少や入れ歯の汚れなどが原因で歯が衰えて、口内のトラブルが引き起りやすくなります。さらに虫歯や歯周病を発症した場合、歯の形は1人ひとり異なるため、合ったオーダーメイドの歯を作り上げなければいけません。
このようなことから、患者にとって高品質な歯科補綴物を提供し、歯科治療の向上に貢献する歯科技工士の職業は欠かせない存在となり、ますます需要が高まると考えられます。歯科技工士の未来を見据え、これからも技術の研鑽と労働環境の改善に努めることで、歯科技工士は歯科医療の一翼を担い続けるでしょう。